歪んだ支援の形

数ヶ月前の話になりますが、途上国支援の映画を観ました。


『ポバティー・インク ~あなたの寄付の不都合な真実~』

http://unitedpeople.jp/povertyinc/


ポバティー・インク≒『貧困産業』という捉え方でのネーミングですが、ODAなどの政府開発援助などが、実は先進国側の利益となるように歪んだ形で途上国へ届いてしまっているケースがある、というものでした。


悪循環になってしまっているものとして、例えば、「穀類(米など)の無料配布」のような場合、


貧困地域へ無料で配給(先進国のまぁまぁの品質のもの)

現地の農家(穀類の作農家)たちは有料(それでもめちゃめちゃ安いけれど)で販売しているため競争力が無くなり売れなくなる


現地農家が別の職種へ転向してしまう

現地の居住者たちは、無料でモノが得られるため、支援に依存する体質になってしまう

支援団体が去る(2~3年おきとかでエリアを転々と変えていく傾向があるため)

現地には無料支給物への依存体質が残ったまま、しかし、自ら生産する能力は既に奪われてしまっている


と言った流れがあります。




農業などの消費商材の領域に限らず、同じような状況が医療の世界でもあると聞いたことがあります。


具体的な団体名は伏せますが、それこそ『正義の象徴』として語られるような医師たちによって、上記と同じような結果を招いていました。(数年間、無償で医療を施すため)。


それに対する現地の人たちが、彼らがやってくることに対して、「悲劇以外の何者でもない」と語っていたという話がとても印象的でした。




こういった事が全てのケースには当てはまらないし、多くは本当に善意からくる気持ちでやっているのだと思いますが、『誤った善意の押し付け』があってはならないと思っています。


つい先日、アフリカ行きを相談していた友人からも、「私たち先進国からやってくる人間が行うビジネスによって、現地の生活を脅かすようなことがあってはならない」という指摘をもらいました。


それによって、命を失ってしまう人もいるのだと。

先進国から途上国へ何かを持ち込む場合、そうした配慮も必要になってくるのだと。


資本主義の流れは避けられないので、悲しいことに、こう言ったケースはビジネスの理論としては避けられないとは思います。

それでも途上国に行く身としては、心の片隅に入れておくだけで変わってくるのかな、という想いになりました。

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